進化論を信じてないんですか?

 自分がクリスチャンであることを明らかにすると、まあまあの確率で「進化論を信じてないんですか?」「神様がいるならなんで戦争(今ならウクライナやガザ)を放置するんだ?」と問い質されます。
 
 特に20代後半から30代前半にかけて住んでいた所では、やたら食ってかかる人がいました。こちらも何とか理解してほしいと思って言葉を尽くすのですが、途中で気がつきました。私がムキになるのを楽しんでいるだけ。どれだけ説明しても、この人は絶対に神を信じない。
 
 それ以降、「お答えする準備はありますが、あなたがそれに納得したら、あなたはイエスを神と信じてくれますか?」と尋ねるようにしています。大体それで終わります。
 
 進化論を持ち出す人には、イケズですが「ダーウィンの『種の起源』はお読みになったうえでの問いですよね?」と返します。大体読まれていないので、先方は言葉に詰まります。
 
 結局は、尋ねる側の「構え」次第なんです。真剣にキリスト教のことを知りたいと思っての質問なら、私も全力で応えます。でも、私を論破してやろうという魂胆だったり、ただのマウンティングや「いじり」だったら、こちらの時間が無駄になるだけです。
 
 
 
 新約聖書「使徒の働き」18章6節にはこうあります。
 
 しかし、彼らが反抗して口汚くののしったので、パウロは衣のちりを振り払って言った。「あなたがたの血は、あなたがたの頭上に降りかかれ。私には責任がない。今から私は異邦人のところに行く」
 
 パウロが伝えたイエス・キリストの福音に同胞のユダヤ人は反抗という形で応えました。パウロは「その責任はお前たち自身で引き受けろ!」と厳しいことを言っています。「君たちは地獄行きだけど、知ったこっちゃないからね。僕は警告したよ」という意味です。
 
 わざわざ本稿を読んでくださった方が、パウロを罵ったユダヤ人と同じ道を歩まれないことを、心から祈ります。拒否の代償は、その時一瞬の勝利感にはまったく見合わないほど高くつくのです。
 
 使徒の働きはこう続きます。
 
 そして(パウロは)そこを去って、ティティオ・ユストという名の、神を敬う人の家に行った。その家は会堂の隣にあった。会堂司クリスポは、家族全員とともに主を信じた。また、多くのコリント人も聞いて信じ、バプテスマを受けた。
 
 パウロの話を受け入れた人も、たくさんいた訳です。
 
 ある夜、主は幻によってパウロに言われた。「恐れないで、語り続けなさい。この町には、わたしの民がたくさんいるのだから」
 
 パウロの時代は対面でしかキリストを伝えられませんでしたが、今はオンラインで不特定多数に伝えられます。本サイトを訪れた人の中にも「神の民がたくさんいる」ことを信じます。きっと、あなたがその一人です。