福音派!

 「太郎君はサブスクやってないの!」と、義妹に驚かれたことがあります。はい、私はNetflixもAmazon Primeもやっていません。私にとってのサブスクはNHKの受信料であり、月々の納税です。
 
 だから本サイトはNHKや図書館で借りた本からの引用が多くなります。今回は2025年4月21日に放送されたNHK「映像の世紀 バタフライエフェクト “神の国” アメリカ もうひとつの顔」から。トランプ米大統領を再選させる原動力となったキリスト教プロテスタント福音派の歴史を追った番組です。
 
 私は福音派を自認していますが、トランプ支持者ではありません。米国民が選挙に基づいて選んだ人だから仕方ないと思っていますが、日本にとっては大変迷惑な人だと考えています。
 
 福音派という語は日本ではなじみがありません。日本のメディアで説明される際も、その語が「受肉」してないメディアの人が頭だけで理解して発信した言葉なので、違和感がいっぱいです。
 
 「映像の世紀」では「(米国の)福音派とは精神的な体験によって信仰に目覚め、聖書の教えを固く信じる人たち。アメリカの人口の4分の1、1億人近くがこのキリスト教福音派と言われる。その多くが白人の労働者層、中産階級である」と説明されていました。
 
 「精神的な体験によって」には、ある種の決めつけを感じます。精神的な体験を経ずして福音派になった人もいるでしょう。「聖書の教えを固く信じる」には、「融通の利かない人」という含意があるように思います。
 
 2024年12月29日にNHK Eテレで放送された「こころの時代 シリーズ徹底討論9 宗教と政治」では、福音派を「聖書に忠実な道徳を重んじる、プロテスタントの非主流派」と字幕で説明していました。主流派でないのはその通り(米国の統計上、プロテスタント主流派は別にある)ですが、非主流派という表現に、少し「いけず」なものを感じました。「道徳」というのもちょっと違う。

「福音派」を実に見事に定義した本

 その点、堀内一史「アメリカの十字架 信仰をめぐる市民社会の断層線」は、長年米国の福音派(特に左派だそうですが)を研究した人の言葉だけあって、福音派歴30年の私が読んでもその特徴がフェアに説明されていました。同書25ページから引用します。
 
 ①ボーン・アゲイン体験--個人的な救い主であるキリストとの霊的交わりによる回心体験がある。
 
 ②福音伝道--福音を社会に広めたいという実行力をともなった強い意欲を持つ。
 
 ③聖書無謬(むびゅう)説--聖書の記述は神の言葉であり間違いがないと信じている。
 
 ④キリストの代理贖罪効果--キリストが人々の代わりに十字架上で死んだことで罪が贖われると信じる
 
 この定義に照らせば、私は「バリバリの日本人福音派」になります。
 
 同書はさらに、狭義の福音派=原理主義者の定義も示していました。同書25ページでは、サンディーン「原理主義の源流 --イギリスとアメリカのミレニアリズム」からの引用で、原理主義を次のように説明しています。
 
 ①ミレニアリズム(千年王国説)の信奉
 
 ②ディスペンセーション主義への信仰
 
 ③聖書の無謬性への信仰
 
 ④聖書の逐語的理解(※筆者注:一つ一つの語を忠実に理解しようとする、という意味)
 
 ①と②については説明が必要です。
 
 ①は再臨したキリストが1000年間統治する地上の王国がそう遠くない未来に到来するという考え方です。根拠は「ヨハネの黙示録」20章などにあります。神学的にはこれを「前」千年王国説(プレ・ミレニアリズム)と言います。私はこの立場です。
 
 これに対し「後」千年王国説(ポスト・ミレニアリズム)という考え方もあります。こちらの説を取る人は、クリスチャンの努力(社会運動や科学技術など)によって地上に千年の理想的な王国が徐々に実現し、その後、キリストが再臨するという立場です。
 
 ①には該当しませんが、「無」千年王国説(ア・ミレニアリズム)もあります。この場合、黙示録20章の「千年」は、「長い期間」ぐらいの意味で(そういう立場で翻訳されている日本語聖書もあります)、現在の教会時代こそが王国であり、キリストが天で教会の上に君臨している、と信じています。
 
 ②は「契約期分割主義」とも訳されるのですが、同書28ページが簡潔で素晴らしいので、そこから引用しましょう。
 
 ディスペンセーション主義
 
 元アイルランド国教会牧師J・N・ダービー(1800~82年)が主に旧約聖書の「ダニエル書」と新約聖書の「ヨハネの黙示録」に基づいて考案し、アメリカ人の会衆派教会牧師C・J・スコフィールド (1843~1921年)が体系化した神学思想である。ディスペンセーション主義は、人類の歴史を聖書の記述に従って七つの時代(ディスペンセーション)に分類し、それぞれの時代を通じて統治原理に従って人間が神に服従すると説く。七番目は千年王国であり、現在は六番目の教会の時代とされ、キリストの再臨が間近に迫る時代であると信奉者に信じられている(マースデン、2006年)。
 
 サンディーンの定義に照らすと、私は「バリバリの日本人原理主義者」になります。ただ、私は若干特異で、私の妻や私が接してきたほとんどの福音派牧師たちは③④しか該当しないので、原理主義者とまでは言えなさそうです。

日本と米国では随分違う

 そのうえで堀内氏は、米国の原理主義者を以下のように定義します。
 ①世俗の社会とは一線を画す分離主義を貫く。
 ②聖書の記述を一字一句忠実に理解しようとする。
 ③プレ・ミレニアリズムとディスペンセーション主義を信奉する。
 ④信仰の擁護のため闘争心を前面に出す。
 
 確かに、2025年5月27、28日にNHK BSで放送された「BS世界のドキュメンタリー ハルマゲドンを待ち望んで 米国政治を動かす福音派」に登場していたハルク・ホーガンみたいな牧師は、過激で闘争心むき出しでした。そういう人には、トランプ氏というマッチョな人は、理想の国家元首なのかもしれません。
 
 堀内氏の定義だと、私は②③は該当するのですが、分離主義ではありませんし(世俗の会社で働き山奥とは言え世間に住んでいる)、信仰が異なる人に闘争心を向けたこともありません。
 
 トランプ氏が再選されて、福音派という語が取り上げられるようになったのはいいのですが、同じ「福音派」「原理主義者」と言っても、米国と日本ではことほど左様に異なるということは、声を大にして言っておきたいと思います。トランプ氏のせいで形見が狭い、日本のいち福音派・原理主義者です。