
銀婚式を迎えました。
記念日に先駆けて、子どもたちがサプライズでお祝いをしてくれました。100円ショップで飾り付けを買い=写真。ちなみに「2」がなかったので「5」を二つ買って一つをひっくり返したそうです。賢いですね=、栄養士の学校に通う長男が中心になって料理を作り(カルニタス、サルサ・メヒカーナ、ワカモレという、聞いたこともない料理でした。メキシコ料理だそうです)、それぞれに思いと考えのこもった品をプレゼントしてくれました。
おなかも胸もいっぱいになりました。
長女が「あと25年、あと25年」と繰り返すのがおかしかったです。金婚式まで夫婦仲良くやれという意味なのでしょう。
子どもたちには「私たち夫婦はこれからフェードアウトしていくので、君たちが社会の主役を張ってください」とお礼を伝えました。
キリスト教の資産が補助ロケットだった
私たち夫婦の今があるのは神の恵みです。などと書くと「言葉の穏やかさの表層にとどまっている」などと指摘が入りそうなので(笑)、もう少し考察を深めてみたいと思います。
①かなり早い段階で、「クリスチャンの夫婦はどうあるべきか」という原理原則について、先輩クリスチャンと学ぶことができた。
この方々の書いた、「満ち溢れる結婚」という冊子が教科書でした(今も我が家の「本の殿堂」にあります)。一言で言えば、「クリスチャンの夫はLoading LeaderでなくServant Learderでなければならぬ」ということでした。
②ウェイン・コデイロ牧師から教えられた「あなたがどれだけ社会や会社で成功しても、あなたの信仰と家族を失えば、あなたの人生は敗北です」との言葉を忠実に守ってきた。
③夫婦とも実家から遠く、かつ短期間で転勤を繰り返さざるを得なかったため、夫婦でがっちりタッグを組む必要があった。信仰が共通基盤だった。
④子どもたちへの信仰継承を優先してきた。どこまで実を結んだか分かりませんが。
次の25年、金婚式へ
キリスト教の資産に大いに助けられた25年だったと、実感します。
高校を退学したり(長女)、大学を中退したり(長男)、大学を留年したり(次男)と、それぞれに「踊り場」もありました。今では長女は社会人となって独立し、長男も就職が決まり、次男は大学進学を機に家を出ました。
独身だった第1四半期、結婚して家族を形成した第2四半期が終わった、という感じです。夫婦だけの第3四半期がまもなく始まります。そういう意味で、これまでの25年より、これからの25年の方が、信仰も、夫婦関係も、問われるのだと思います。