地下アイドルの教会

 一度だけ「地下アイドル」のライブに行ったことがあります。まあ、人生修行のようなものでしょうか。自他共に認める堅物をもう少し柔らかくするため、自分の関心から一番遠いところに身を置いてみようと考えたのです。その道に詳しい後輩に頼んでチケットを取ってもらいました。
 
 小学生~高校生? の女の子たちの歌と踊りを見つつ、「これって美名でコーティングした労働搾取だよなあ」などと考えていたのですが、一人だけ冷めた人間がいるのはよろしくないので、他の観客の皆さんに合わせて声援や手拍子を送ったり、跳ねたりしました。楽しんだか? と聞かれれば疑問ですが、まあ、貴重な経験でした。
 
 
 
 地方都市を転々としてきた私ですが、2017年10月以降は関西で勤務しています。こちらだと、伝統的な教会(いわゆる「教会」と聞いて皆さんが想像するような教会)だけでなく、「都市型教会」も多いんですね。
 
 都市型教会の特徴はいくつかあります。まず、牧師や信徒、礼拝参加者の半数近くかそれ以上が外国人で20~30代が中心。当然、メッセージも賛美もバイリンガル。クラシカルな賛美歌ではなく、イケイケのコンテンポラリーを歌う。基本的に聖書は用意されておらず、プロジェクターで御言葉を前に映すか、スマホで読む(ある教会では、紙の聖書を「オールドファッションな聖書」と言っていました)。教会名はカタカナやアルファベット(「どこそこ地名教会」とか「●●キリスト教会」などとは名乗らない)。歴史も浅い。テクノロジーを駆使したセンスの良い映像。音響と照明もバッチリ。
 
 過日、ちょっとした経緯から、そうした都市型教会の礼拝を訪ねたのですが、いやはや、圧倒されました。以前見た、地下アイドルのライブとそっくりでした。とにかくノリがいい。明るい。賛美(知らない曲ばっかり)の最中はみんな飛び跳ねている。元気。照明ピカピカ。50の大台が近づいてきた私は、まったくついていけませんでした。
 
 そりゃ、思うところはいろいろありますよ。「神への畏れがない礼拝だなあ」とか「神への捧げ物として賛美しているのでなく、自分たちが気持ちよくなりたいために歌ってるんじゃないか」とか「週1回、ハイになるための場所が教会か?」とか「ここに10年通って、人格的・信仰的に成熟できるんだろうか」とか「メッセージが浅いなあ」とか「みんなどこまで聖書を読み込んで、それを実践してるんだろう」とか。
 
 でも、一方で思うんです。特に地方ですが、教会員が年々減って、高齢化も進む。そうなると負のスパイラルで、いよいよ若い人、新しい人が入ってこない。後は時間の問題で、そのうち牧師が引退して無牧の教会になり、限界集落化していく。
 
 カスタマーオリエンテッドじゃないけど、次代を担う若者に福音を伝えたいなら、若者の好む形で、若者に届くやり方で、若者が、友人を連れてきたくなるようなスタイルにする必要もあるんじゃないか。目の前のこのライブのような礼拝にはシンクロできないけど、少なくとも、この点において彼らはそれに成功しているし、彼らの教会は全国にサテライトを広げつつある。
 
 
 
 教会も、細分化する時代なのかもしれませんね。若者向けの教会。ある程度、年齢がいった人の教会。初心者向けの教会。本格的に聖書を学びたい人の教会。教会を社会の縮図と考えるなら、幼児から高齢者まで全世代をカバーした〝デパート型〟の教会が望ましいと思いますが、ポストモダン化した現代では困難なのかもしれません。
 
 関西に来てから、従来型のオーソドックスな教会も、都市型教会も、「家の教会」(信徒が自宅を開放して礼拝する教会)も、いくつも訪ねましたが、どこも一長一短で、残念ながら「名誉ある教会難民」の身分を脱却できていません。私が贅沢すぎるのか、不適合者なのかもしれませんが、いやはや、難しい時代になりました。