まるで電話帳!
(1章1~17節)
不定期で、下手すると月1回という時もありますが、次男坊と「マタイの福音書」を学んでいます。妻/母親のお腹の中にいる時から教会に通っているというのに、いまいち聖書理解が乏しいので(笑)。
相手は高1なので「あれもこれも」盛り込まず、「あれ」か「これ」だけに絞るようにしています。
以下は私が教えたことを再録したものです。皆様の参考になれば。
中心聖句
アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系図。(1節)
解説
ユダヤ人は家系図を重んじます。1~16節は人名の羅列で、初めて聖書を開く人は戸惑うと思いますが(電話帳みたいだ、と言った人もいました)、パターンがあって、「AがBを生み、BがCを生み」という記述の場合、AもBもCも男性です。「AがBによってCを生み」だと、Bは女性になります。
1節「アブラハムの子」は、イエスが人間としてはユダヤ人としてお生まれになったということを強調しています。子は子孫という意味です。ユダヤ人は「祭司の民」として特別に神に召されました。その中から「祭司の中の祭司」として、イエスがお生まれになったのです。
「ダビデの子」は、イエスがダビデのような、そしてそれ以上の「王の中の王」としてお生まれになったことを示しています。
適用
あなたもまた、イエスによって、特別な選びに与りました。それは小さな祭司、小さな王として、この世で人々のために祈り、自分に与えられた領域を統治するためです。それがあなたの使命であることを覚えましょう。
領域の最たるものは「自分自身」です。自分自身を統治するということは、しっかり自己管理して生きるということです。イエスにあって、聖霊の力によって、それができる人間を祈りつつ目指しましょう。
おまけ
3~6節に4人の女性が登場します。タマル、ラハブ、ルツ、ウリヤの妻です。彼女らは異邦人であるか、性的に問題のあった人です。メシアの先祖に名を連ねるには不適切で、黙殺されるような人までしっかり記録に残しているので、聖書は信頼できると思うのです。
彼女らの名が系図にあるということは、異邦人も、またどのような罪人もメシアの救いに招かれているのだと、考えていいでしょう。