小さいお子さんがいるクリスチャンの女性から、「子どもがドラゴンボールを読むことをどう思うか?」と聞かれました。「神龍(シェンロン)」が登場することに引っかかったそうです。ポケモンの映画にも「水の都の護神」というのがあったなあ、と苦笑しました。
聖書のどこにも、ドラゴンボールやポケモンの是非は書かれていません。聖書を人生の指針としている我らが福音派ですが、判断に迷うケースは無数にあります。
無菌室では育てられない
我が家の経験を踏まえて、いくつかお答えしました。
「●●は是か非か」を自分で判断できる人に育てるのがゴールであること。
世の中の音楽や漫画や映画について、セキュラー(世俗的)とキリスト教的の線引きをするのは不可能であること。
私自身、クリスチャンホーム育ちでないので、セキュラー作品にどっぷり浸かって成長してきたこと。
子どもを無菌室で育てる訳にはいかないこと。
子の成長段階によっても与えられる範囲は変わってくること。
あまり律法主義的にあれこれ禁じると、「クリスチャンとは規制の多い、つまらない人」と子どもが思ってしまうこと。
とは言え、親のフィルタリングは必要で、私たち夫婦は残酷な描写が多いものは見せないようにしてきたこと。
親のフィルタリング
先日「千と千尋の神隠し」を見ました。「鬼滅の刃」に抜かれるまで国内興行収入1位だったというのに、見たことがなかったのです(鬼滅も見てない)。感想は「随分グロテスクだな」でした。長女は「子どものころ、母に止められた」と話していました。それで良かったと思います。
最近「人が死なない映画」「流血や暴力シーンがない映画」が、ほとんどない事に気づきました。私は1年に120本ぐらい見ていますが、無意識のうちにそうした場面をどんどん取り込んでいる訳です。年齢のせいか多忙のせいか、その手の場面になると見るのが辛くなってきました。
なので、最近のお気に入りは、NHKで一括再放送された「ひつじのショーン」です。え? 映画をやめてその分聖書を読め? ごもっともです。