声を上げて大笑いして、涙まで流したのは何年ぶりでしょう。ChatGPTの多才ぶりに感心しました。
本サイトを英文に翻訳すれば、さらに多くの人にキリストを伝えられると思い、ChatGPTを使いました。
このページを全文、翻訳にかけました。設定は「英国人の英語」と「米国人の英語」です。
【原文】キリスト教とは「神の子・イエスが運転する天国行きのバス」のことです。キリスト教では、イエスこそが、すべての人の罪をあがなうため父なる神からこの地上に送られた神の御子、救世主であると信じます。イエスを信じた者だけが罪許され、父なる神がいる天国に入ることができます。
【英国人風】That, to me, is what Christianity is: the bus to Heaven, driven by the Son of God, Jesus. Christians believe that Jesus, sent to this world by God the Father, took upon himself the sins of all humankind, and that only those who place their trust in Him are forgiven and welcomed into Heaven, where the Father dwells.
(ほぼ全文はこちら)
【米国人風】That’s what Christianity is to me ? a bus to Heaven driven by Jesus, the Son of God. Christians believe He came down from Heaven to take on our sins, and that only those who trust Him get forgiven and make it to where God the Father is.
英国人の設定では「イギリス英語の中でも、ややフォーマルで、語彙や文体に落ち着きと知性を感じさせるトーンになります。少し文学的で、BBCのエッセイや《The Guardian》の「Weekend」欄に載るような文体を目指しました」と断りがつきました。
米国人の設定では「アメリカの労働者階級の英語では、率直さ・感情のストレートさ・口語表現が大切になります。南部や中西部の『普通の人』が語るような温かみのある英語に寄せました(教養はあるけれど気取らないトーンです)」と断りがつきました。
日本語のバリエーションも作ってみた
面白かったので、日本語のバリエーションも作ってもらいました。
【原文】キリスト教とは「神の子・イエスが運転する天国行きのバス」のことです。キリスト教では、イエスこそが、すべての人の罪をあがなうため父なる神からこの地上に送られた神の御子、救世主であると信じます。イエスを信じた者だけが罪許され、父なる神がいる天国に入ることができます。
【ものすごくくだけた日本語】それが、俺にとってのキリスト教なんだよ。「神の子イエスが運転する、天国行きのバス」ってやつ。キリスト教では、イエスは神の子で、人間の罪を全部背負うために地上に来た救世主だって信じてる。で、イエスを信じた人だけが罪を許されて、父なる神のいる天国に行けるんだ。
【ものすごくフォーマルな日本語】私にとって、キリスト教とはまさにその「神の子イエスが運転する、天国行きのバス」であります。キリスト教においては、イエスこそが人類の罪を贖うために父なる神から遣わされた御子であり、救世主であると信じられています。イエスを信じる者のみが罪を赦され、父なる神のもとである天国へと導かれるのです。
【国会演説調】――諸君、これこそが、私にとってのキリスト教であります。
すなわち、「神の子イエス・キリストが運転する、天国行きのバス」であります。キリスト教は、イエスこそが父なる神に遣わされた御子であり、人類すべての罪を贖うためにこの世に来られた救世主であると信じる宗教であります。イエスを信じる者こそが罪を赦され、父なる神の御許にある天国へと導かれる――そのように信じられているのであります。
もう大爆笑。「諸君」なんて勝手に付け足してる。「~であります」も、確かに国会風ですね。
耳のある者は聞きなさい
「文は人なり」と言います。さまざまな日本語バージョンを作ってみて分かったのは、文体が違うと、脳内に浮かぶ語り手と聞き手のイメージが違う、ということでした。ものすごくくだけたバージョンだと、何となく若いラッパー風の兄ちゃんが同世代に語っている。国会演説調だとスーツを着たアブラギッシュなおじさんがおじさんたちに語り掛ける姿が思い描かれました。
私も無意識のうちに、「私に似た人」に語り掛けていたのかもしれません(なかなかいませんけど)。
なるべく多くの人の心に届く文体とはどのようなものか。これは難しい問題です。いろんな人がいろんなレイヤーで語り掛けるしかないように思います。
PVを増やすことや、収益化(「チップで応援する」というやつ)に関心がないので、SEO対策もしていませんが、本サイトの駄文の数々が、一人でも多くの方の心に届くよう祈ります。そう、私にとって届くかどうかは技術や人柄の領域ではなく、祈りの領域なのです。
イエス自身、「聞く耳のある者は聞きなさい」(マルコの福音書4章9節ほか)という話し方をしています。すべての人に救いをもたらすために来られた方自身が、万人に向けては話していないのです。厳しい言い方かもしれませんが。