CHAGE&ASKAとキリスト教

 若い頃、CHAGE&ASKAが大好きでした。ASKAがああいうことになってしまったのは残念でしたけど、本当にたくさんの名曲を世の中に送り出してくれました。
 
 1994年に「めぐり逢い」という歌が発表されました。それまでの、キーボード主体による曲づくりから、ギター主体に変更した、最初の曲だったと記憶しています(違ってたらすいません)。
 
 2番のサビに、こんな歌詞があります。
 
 「乗り遅れたバスを/見送る人を見よう/ふたりここで/揺られながら」
 
 非常に絵画的と言うか、歌詞を聞いただけでその情景が浮かぶような、印象的な歌詞だと思います。特に転調以降のCHAGEのハーモニーが最高ですね。
 
 この曲が発表されたころ、私は大学4年。就職活動はほぼ終了し、友人たちが「名の知れた企業」とか「某官庁」と書かれたバスに次々と乗り込んだのに対し、私はどこからも内定を得られない「バスに乗り遅れた」人、友人たちの乗ったバスが去っていくのを羨望のまなざしで見るしかない人でした。
 
 立ち尽くす私の前に、別のバスが止まりました。行き先は「天国(幸せ経由)」。明らかに、他のバスと違う。運転手は、以前に事故にでも遭ったのか、傷だらけでした。普通だったら乗らないと思います。運転手は言いました。「運賃は無料。でも、このバスに乗れるチャンスは、そう多くないかもね」
 
 キリスト教とは「神の子・イエスが運転する天国行きのバス」のことです。キリスト教では、イエスこそが、すべての人の罪をあがなうため父なる神からこの地上に送られた神の御子、救世主であると信じます。イエスを信じた者だけが罪許され、父なる神がいる天国に入ることができます。
 
 それを証明する方法はありません。キリスト教を信じなくても天国に入れる、天国行きのバスは他にもある、と考えている人は多いと思います。どちらが正しいかは、死んだ後に分かるでしょう。ただ、私はこのバスに乗った後、経由地である「幸せ」をずっと通っていますし、「運転手が間違いなく私を天国まで連れて行ってくれる」という確信は日に日に深まっていくばかりです。ホントですよ。
 
 ちなみに写真は、鹿児島・奄美大島で撮ったものです。「神の子」なんて、とってもキリスト教的な名前のバス停ですね。でもここでいくら待っても、天国行きのバスには乗れません。あしからず。

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